非常に学びと再確認が多い一冊でした。
読んでる途中で気づいたんですけど、この方って「君のお金は誰のため」を書いた方なんですね。
どうりで読みやすいと思いました。
この「お金の幻想という不安」も、非常に気づきと学びが多く、読んで良かったと思わせてくれる一冊でした。
ちょっと想像してみてもらいたい。もし、写真を撮って人に見せることができないとしたら、それを買うだろうか? それを食べにいくだろうか? その場所へ出かけていくだろうか? いや、それならしません、と答える人は、自分が本当にしたいことを見失っているように思われる。自分が満足できるもの、つまり自分にとって価値のあるものに、自分のお金を使っていないことになるからだ。
これは結構、今の時代に生きる僕たちの心を根本からえぐるような表現ですよね。
人に見てもらうことありきで行動することが多すぎるような気がします。
結構前に布袋寅泰さんだったと思うんですけど、「行動するたびにツイートできるかどうかを考えてしまうからTwitterやめます」みたいなニュースがあって。これもそのひとつですよね。
人に見てもらうためにそれをする、それを買う。
なんだか、そういうことがすごく多いような気がします。
確かに、こんなことを繰り返してたら心は満たされることはないですよね。
ある中学校の外部講師として、僕が経済の話をしたときのことだ。 「みなさんが学校で勉強できるのは、誰のおかげでしょうか?」と問いかけた。 「親!」「政府!」「税金を払っている国民のおかげ」 生徒が口々に答える中、後ろで見学する担任の先生は苦笑していた。
肝心の「先生のおかげ」という答えが最後まで出てこなかったからだ。
ここも印象に残りましたね。
とてもわかりやすい。
これ、なんでなんでしょうね?そこに介在する要素のことは思い浮かぶのに、一番身近な目の前にいる人のありがたさがわからないっていう場面、結構ありますよね。
答えを出すのに、考えすぎちゃうんですかねえ。もっとシンプルでいいと思うんですけど。
なんか、ちょっと無駄に考えすぎちゃってますよね。
私たちは、「真似しやすそうな成功例」を無意識に選んでしまう。
たとえば、メジャーリーグの 大谷 翔 平 選手が、高校時代から膨大な努力を積んできた話は有名だ。しかしそれを聞いても、簡単に真似しようとする人はほとんどいない。
ところが、SNSで見かける「X年で1億稼いだ」という投資話には、多くの人が飛びついてしまう。 「真似しやすそうな成功例」ほど、成功に必要な要素が抜け落ちている。だから、再現性が低く、失敗を招きやすい。
他人の成功を安易に真似ることが、成功への近道になりにくいのはこのためだ。
これは結構いつの時代も変わらないですよね。
真似しやすそうな時点で、本当に必要な要素について言及されてないケースが多いってことなんでしょうね。
そして、今は成功例を過剰に摂取している時代なので尚更気をつけないといけませんよね。
浮かれず、ひとつずつ取り組むしかない、と。
そんなふうに思います。
いやー、いい本でした。
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