春が来る

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冬が終われば春が来る。
寒い冬を越え、花粉が舞い、桜が咲く頃、ちょっとゆっくり春は来る。

太平洋側で生まれ育った僕は、以前は春のありがたみがわからなかった。
冬に雪が降るわけでもなく、なんだったら他の季節よりも晴れていることが多い11月から3月は、冬といってもただ気温が低いだけの時期だった。10代の頃、最頻出アウターがニットカーディガンだったのはさすがに今となってはおかしいと思うが、その名残か今でもダウンジャケットは所持していない。
クリスマスと正月があり、なんとなく楽しげな時期というのが僕にとっての冬だった。

そんな僕が、日本海側に住んだ経験で、冬の認識が変わった。
個人的な見解で、僕自身の器の小ささに起因する考えも含まれてはいるが書いてみる。

確かに日本海側の冬は、雪が降るし、天気も悪い。ずっと曇り空が続いて、いやでも滅入ってくる。起床時にカーテンの隙間から日差しが見事な直線を描いているのを見て、これは!とテンションが上がったからといって、夜までずっと晴れてる保証なんか1ミリもなく、昼頃には手のひらを返されて小雨やみぞれ、しまいには雪が降ってくる。うっすらと濡れながら空を見上げるも、抵抗しようのないまごうことなきグレーが僕の心をへし折る。あのグレーの説得力を論破するボキャブラリーを僕は持ち合わせていない。

かつてロンドンに行ったことを人生の指針にしていた職場の先輩が「まあ天気は悪いけど、ロンドンも天気悪かったから俺はこんなものだと思ってるよ。いいじゃない、ロンドンみたいで。」と言って僕を慰めたものだ。
それをあえて鵜呑みにしてメンタルの安定を図っていた僕が抱えている、後にこっちで知り合ったロンドン出身の友達が「ファッキンウェザー!」と罵っていた時の絶望がお分かりいただけるだろうか。

クリスマスも正月も、とても寒いし天気が悪いのであまり楽しめない。
かつて憧れていたホワイトクリスマスなんて、ただ出かける気力が削られるだけでちっともありがたいものじゃなかった。ご存知ない方にはお伝えしておきたいが、雪が降ってたらイルミネーションどころじゃないんです…
初詣も行ったところで凍えるような寒さで縁起の悪そうな顔をしてお参りをする僕に、神様はきっと大したご利益もくださらないだろうという卑屈な思いが頭を支配する。

こんな思考に僕はなってしまった。自分でも本当に性格が悪くてどうかと思う。書いていてここまで冬を嫌悪しなくてもいいじゃないかと思ってしまうが、しょうがない。10年単位で暮らす中で醸成されていった、偽らざる気持ちだ。

そして、このような気持ちが芽生えるのと同時に、日本海側の皆さんが春をありがたがる理由がよくわかった。
花粉症の症状がひどい人も、黄砂で車が汚れようとも、春の訪れを皆一様に喜ぶ。
表情は文字通り晴れ晴れとし、生の喜びを感じるのだ。大袈裟に聞こえるかもしれないが、事実なのだ。そして、今となっては僕もそうだ。

「冬はこれで終わりだよ」と言わんばかりの、冬の間には決して見ることがなかった真っ青な空が頭上にいきなり姿を現す。
桜の名所に大挙して押し寄せ、「今年はどこに花見に行った?」が4月の会話の始まり。
こっちに来た当初は、花見なんてそんなにマストな行事か?と思っていた。
でも、今ならわかる。
桜が咲くというのは、ある意味で懲役刑を終えた印のようなものなのだ。
僕らは毎年、懲役4ヶ月、執行猶予8ヶ月の判決を下されている。何も法を犯していないのに、自動的に刑は執行され続ける。
桜の名所に集まる人を見るたびに、子供の頃にテレビで見た、ヒッチハイクを終えた猿岩石がトラファルガー広場にたどり着いた時に安堵の表情を浮かべていたのを彷彿とさせる。
もうこれで辛い時期は終わったんだ、と。
あの明るい表情を見るのが、僕はとても好きだ。

人生という長い時間を要する様々な経験の集積の過程で、多様な角度からの目線を得ることができるというのは楽しいことだと思う。
見た景色、過ごした時間の多様さが、当たり前のものをありがたいものに変容させてくれる。
価値観だって変わる。何歳になっても。

これは、どんなものにもある。
失って気づくというにはあまりに些細なことでも、体験が身近でなくなってしまったものはなんでも愛おしい。
それは僕がこっちに移住した当初、どこの店にもペヤングがなくて困り果てた時のことを思い出させる。
ペヤングは入荷されるようになったからまだマシだ。それにあまりに食べたければネットで注文すればよかった。物の問題はいくらでも解決する。
それよりも、天気という人間ではコントロールできないものを、どう捉えるか。
これはきっと捉え方次第で、また違った解釈ができるのではないかと僕は踏んでいる。
その研究に毎年着手しては解決することなく春が訪れる。

今年もその研究結果が出せないまま、締め切りを迎えてしまいそうだ。
どうせ春になったらそんなことを考えることもなく、呑気に過ごす。僕はそういう人間だ。だから考えるなら今なのだ。
もう2月になってしまった。あと2ヶ月もしないうちに桜は咲くだろう。そして僕は満面の笑みでピンクの花を愛でるのだ。そうなってしまったら、冬に思いを馳せることは8ヶ月はないだろう。

時間がない。
さっき刑期と書いたあの4ヶ月が、今度は締め切りとなって僕を焦らせる。



追伸
日本海側の夏はゲリラ豪雨なんて一切なく、ずっと晴れ続けています。

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Writer

音楽と文章が好きで、それにまつわるいろいろなことを書いています。

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