先日、また図書館で借りて本を読みました。
自分は哲学についてほぼ知識がないような状態だったので、まずは左に置いた「哲学の世界へようこそ」から読み始めました。
そもそもなんで哲学?ということなのですが、友人から「pinさんは考え方が哲学的ですね」と言われたことがあったのです。
この言葉をいただいた時になんの話をしていたのかは覚えていないんですけど、この一言はずっと頭にありました。
とはいえ、「哲学的とはどのような状態を指すのだろう…」という疑問が頭にずっと残っていたので、せっかく言われたことだし掘り下げてみようと思い、手に取りました。
この「哲学の世界へようこそ」はタイトルの通り、初学者の自分にもわかりやすく哲学のことを説明してくれる本でした。
特にわかりやすかったのが、こちらの部分。
子どもは生まれながらに「哲学者」なのか?という章です。
子どもは、単に常識について「問うている」だけなのだ。
これに対して、哲学者が問いを発する時、それは常識を知らないから聞いているのではない。常識を知った上で、あえてその根拠を「問い直している」のである。「常識的にはこうだ」と思われているけど、「それって正しいの?」「その根拠は?」と意識的に問題化しているわけである「哲学の世界へようこそ」 著/岡本裕一朗
ここを読んだ時に、曇天から光が差した瞬間の感覚になりました。
まだ晴れ切ってはいないけれど、少し兆しが見えたような。
とはいえ、単に自分が子どもなだけなのを、うりなみさんが過大評価して哲学的と言ったのかもしれないという恐ろしい可能性にも気づいてしまったのですが笑
この感じというのは、なんとなく自分の中の面倒な部分として自覚はしています。疑問に感じて都度つっかかるわけじゃないんですが、ぼんやりとゆるいハテナが頭に棲みつく瞬間はあります。
次に印象に残ったのがこちらです。
ハッキリしているのは、他人と異なる「自分だけの個性」なんてものはない、ということだ。個性など幻想にすぎない。「本当の自分」なんてものはそもそもなく、人間関係や状況に応じて常に変化するのである。
「哲学の世界へようこそ」 著/岡本裕一朗
おっしゃる通りすぎますね。
若い頃、「個性を尊重」なんて言葉がやけにもてはやされた時期がありましたが、あれはそもそも無理難題だってことですよね。バッサリ切ってくれて非常にありがたいです。
ゆとり教育の弊害だったのかな、とも思いましたが、ブルーハーツの「ロクデナシⅡ(ギター弾きに部屋は無し)」にも「今の若い人には個性がなさすぎる」ってどこかの偉い人がテレビで語ってる描写があるので、ずっと定型分として若者を苦しめてる言葉なのかもしれません。
特に自分は「個性」という言葉に苦しめられたわけではないのですが、それでも若い時にこの文章を知っておきたかったなと思いました。
人を生きやすくしてくれますよね、この言葉。
次に紹介する文も、社会で生きる上での太い杖になるであろうと思いました。
何より重要なのは、現代に生きる私たちは、もはや「個人」というよりも「分人」として生きていくしかない、ということだ。
(中略)この管理社会が数十年の間に崩壊することはないであろうから、それならばむしろ、ただひとつの個性にこだわるのではなく、「多様なキャラを演じ分ける術」を見つけた方が利口である。
私たちは分人だ。いくつもの自分を生きたっていい。「哲学の世界へようこそ」 著/岡本裕一朗
「個性を大切にしろ」と言われ、苦しんできた人にとっては福音と行ってもいいくらい、言い切っていますよね。
この「いくつもの自分を生きたっていい」というのは、考えようによってはすごく贅沢な生き方のように感じることができます。
個性というものを大切にするあまり、ひとつの生き方しか選択できない苦しさというのは確かに存在し、それが知らず知らずのうちに自分で枠や檻を用意して、その中でだけ生きることを強いている側面があります。
この分人としての生き方は、そのフレームを取っ払えるんじゃないかと。そんなふうに考えるわけです。
今までひとつのパターンしか選べないと思っていた人が、あれもこれもやっていいよと許された瞬間になり得ますよね。とても冷静に、とても優しい文章だと思いました。
まとめ
「そもそも哲学ってなんだろう」という疑問は、読み始めの序盤で割と解決したのですが、その後に続く文章で「哲学って優しい学問なんだな」ということがよくわかりました。
読んでよかった一冊です。
写真にあるもう一冊の「スマホ時代の哲学」も読み進めていて、こちらも大変面白いです。
またこちらも読み終えたら感想を書きます。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

Comment