ドラクエの勇者がいつもうまくいく理由を考えた

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こんなことを考えたことはありませんか?
僕、この前考えたんですよ。

少しずつレベルアップして、着実に強くなる勇者。
都合よく徐々に強くなっていく敵。
その敵を倒せるぐらいの、ちょっと頑張れば買える武器。
どこかのパーティーに参加すれば一気に増えるのに、なぜか一人ずつ増えていく仲間。

ちょっと都合がいいんじゃないかと。

子供の頃からうっすら思ってはいたんですけど、「まあ、作り話だし」で済ませていたんですね。
こんなの掘り下げても無粋ですし。

でもこのあいだ、考えたらちょっとわかった気がしたんです。

実は、あの世界には他にもたくさん「勇者」を名乗る人がいて。
王様はどの勇者にも、「そなたに期待しておるぞ」とは一応言う。心の中では「こいつもきっとダメだろうなあ」とか考えてるかもしれないけど、一応期待している旨は伝える。
僕らの勇者は16歳の朝に王様のところに行ったけど、もしかしたらその後も昼すぎに別の勇者の接見の予約が入ってたかもしれない。

街の人も、「勇者様!」とか言いながらも、4回目のセリフかもしれない。

そんな数多いる勇者の中の、ただ一人上手く行った人を操作する権利を、僕らは与えられただけじゃないか。

どこまで努力しても、序盤で死ぬ勇者もきっといるし。
あと一歩で諦めてしまった勇者もきっといる。
生涯をかけて修行してもザオラルを習得しない僧侶もいるだろうし、そんな僧侶をつかまされたパーティーはきっと途中で諦める。
道を間違えて、いきなり現れるモンスターが超強くなって気持ちが折れた勇者もいたことだろう。

なんであれ、フォーカスされるのは最も上手く行った人って相場が決まってるから。

僕らが目にしているのは、数えきれない自称勇者の中で、唯一うまくいった勇者だ。
いきなり強い敵が現れる方向に向かったりはしない。道を間違えないのだ。
とんとん拍子に旅がうまくいくのも当然だ。一番うまくいった勇者なんだから。

そう考えると、旅の途中で関わる村人も王様も、みんな愛おしい。
みんな世界を平和にしてほしいだけだから、その気持ちに正直に、勇者を名乗る人物には親切に接するよう努めるのは自明の理だ。

村人にいくら話しかけても同じセリフしか言わないのも合点がいく。
あの人たち、僕らの知ってる勇者だけじゃなくて別の勇者を名乗る人にも、きっと同じセリフしか言わない。だってどの勇者が世界を救ってくれる人かわからないから。
それならば、下手なことは言わない方がいい。

自分を村人に置き換えて考えるとわかる。
僕が村の入り口に立っていて、なんか外から知らない人が来たとする。もしかしたら世界を救ってくれる勇者が来たのかもしれないから、とりあえず村名を伝えるのが確かにベターだ。なんか親切な人が多い村っぽいって思われたら頑張ってくれるかもしれないし。

そのちょっと奥に立ってる人には、他所から来た人に悩み事を相談する役割を担ってもらおう。
だって解決してくれる勇者かもしれないから。
ここまで56人が解決してくれなかったとしても、57人目のこの人は解決してくれるかもしれない。

自分に置き換えると、とてもわかりやすいですね。
確かに自分でもそうするわ。

だから、しょうがないんですよね。
途中で死んじゃう勇者をプレイするソフトが発売されてないだけなんです。
それぞれの世界で、一番上手く行った話をプレイするソフトしか売ってないんです。
当たり前ですよね。
どんなに頑張ってもキメラに勝てない自称勇者をプレイしたくないですから。

こんなふうに考えたら、すごく納得いって。
勝手にスッキリしました。

なんか、フォーカス云々の話って現代社会でも同じですよね。
しょうもないなと思いながら考え始めたのに、考えさせられる話だなって思いました。

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Writer

音楽と文章が好きで、それにまつわるいろいろなことを書いています。

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