少し前のことになるのですが、先々月の5月にずっと行きたかったShibuya Publishing & Booksellersに行ってきたんです。
もう本当にずっと行きたかったのですが、なんせ渋谷に用事がなかなかできず。
そうなると、当然このお店にも行けず。
気持ちが募る一方でしたが、やっと行けました。
そこで買ってきたのが、その時に出たばかりだったこのユリイカ。

正直、ユリイカなら別にこの店じゃなくてもいいだろうとも思うのですが笑
とはいえ、もう一冊別の方の本も買ったので、一応は「来れてよかった」と思える買い物になりました。
この本を買ってから、ひたすらにずっと読んでたんですね。電車などで少しでも時間があれば読み、カフェに入っては即座に読み、とにかく貪るように読みました。
なにしろ、魚喃キリコさんが大好きで、作品を全部持っているのはもちろんのこと、自分が20歳前後の多感な時期に夢中になったこともあって、非常に思い出深い漫画家さんなのです。
正直、初めてユリイカを最初から最後まで漏らさずに読みました。ユリイカは文字量がとてつもないので、いつも読みたいところだけ読んでいたのですが、この号ばっかりはどんな情報であれ漏らすわけにはいかない、という気持ちでした。
魚喃さんの作品は時代をパッケージングしているという意味で、文化的な資料にもなりうると思うんですね。
当時の広告や映像もその時代を反映したものってたくさんあるのですが、魚喃さんが描く、何気ない電線やブロック塀、アパートのベランダや街並み。それらの何気ない景色が、当時リアルタイムで魚喃さんが描いた街で過ごしていた自分にとっては、どうしようもなく刺さるのです。
今でも、魚喃作品を読んだら僕は当時の気持ちをすぐに思い出します。
それは決して若さが持つ瑞々しさなんていう綺麗な思い出だけでなく、若いがゆえに持ち合わせてしまう怠惰な気持ちや焦燥感、人を傷つけている自覚がありながらそれでも自分の欲求に素直に従って流し流されてしまうわがままさ。
意識してかそうでないのか、知らず知らず自然のうちに清濁合わせ飲んでいた、あの気持ちです。
そんな作品は他にもあるのですが、ここまで全ての感情を思い出させてくれるものは魚喃作品だけです。
魚喃作品の登場人物が居酒屋でどうしようもない話で盛り上がってたように、僕も楽しみたかった。
魚喃作品でしょっちゅう繰り広げられる、グズグズな恋愛を、僕もしたかった。
魚喃作品で恋に浮かれる女性のように、僕も浮かれたかった。
あの時、僕は魚喃キリコが描く人物のようになりたかったんです。
そして、今でもたまに居酒屋に飲みに行き、どうしようもなく下らない話をしては盛り上がってしまうのも、当時の気持ちを多少は引きずっているからだと思います。僕だってローリングボーンズに加入したかった。
そんなふうに僕の「大人としてこう過ごしたい」という考えのベースを作ってくれた魚喃作品。
ユリイカに寄稿している方々皆様が、魚喃キリコがすごく好きだと伝わってきました。
このユリイカを読んで、本棚にある魚喃作品を全部読み返しました。
もう戻らない東京が、散りばめられていました。
でも、僕の脳内には綺麗に真空パックされたかのように、瞬間冷却したかのように残っている。
それでいいんだと思います。
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